『First Impression.』















 真っ暗な藍色に塗りこめられた空の下、そしてさらに古ぼけ腐りかけた廃寺の門の下で、何人かの人影が横になっていた。そのうちのいくつかは柱にもたれたりしていたが、まあいずれも寝息に似た呼吸を繰り返している。ぱちぱちと軽く薪が爆ぜた。

 そのうちの一人に、まだ年若い法師の姿があった。彼の眠りはいつも浅く、そしてやはり今も本当に眠ってはいなかった。ゆらゆらと不規則に揺れる焚き火の炎を見つめながら、とりあえずまどろみがくるのを待っている、といったふうであった。だがしかし、もしかしたらその時は来ないのかも知れなくて、それでも待つ以外にすることも無くてそうしているだけなのだった。


 と、その時、半分閉じていた法師のまぶたがふっと上がった。同時にぴくっと一瞬震える影ひとつ。
「……どうかしましたか?かごめさま。」
「…気づいてた?」
「ええ、まあ。」
 そしてその影はむくっと起き上がった。懐にいたはずの子狐は自身の寝相の悪さのため1メートルほど離れたところで寝息を立てている。半妖と退治屋も、珍しく起きはしなかった。
「目を覚ましたと思ったらいつまでも寝ないなあ、と思っていたもので」
「あー、まぁ……んーとね、ちょっと思ったんだけど、」
「はあ。」
「弥勒さま、初恋の人とかってどんな人?」
「はあ?」
 思いっきり怪訝そうに聞き返した法師にしかし大して反応もせず、少女はうーん・と再びうなる。その仕草はなかなかに可愛らしいものだったが、法師はこれといって反応しない。
「なぁんかね、女の人にすっごい慣れてるから、だったらそういうの…初めての気持ちとかってのは、どんなんだったのかなって。気になっちゃって」
「はあ。」
「はあはあって、さっきからはあばっかり。せめて言葉で言ってよー」
「んー…」
 しばらく空を仰いだ後、
「珊瑚ですね。」
「へ?」
 今度は少女が聞き返す番だった。しかし法師はいつもどおり、半分眠そうともとれるような笑みを浮かべ、
「だから、珊瑚です。」
もう一度言った。少女が半ば慌てる。
「って…珊瑚ちゃんと会ったのはほんの数ヶ月前でしょ?それまで生きてきた十何年間、ひとっっつも恋とかしなかったっての!?弥勒さまが!??」
「そんな意外そうに言わないでくださいよ」
「だって…」
「大体ね、かごめさまの質問自体が曖昧なんですもん。」
「ええ?」
 曖昧…って、どこが。
 心の中でそうツッコんだのを目の色からでも読んだのだろうか。法師が薄く微笑ったまま、
「では聞きましょう。かごめさまの言う“初恋”、というのは、どんなものなんですか?」
「え……どんな、って」
「隣にいる異性に、初めて動悸が激しくなった時のことでしょうか。それとも初めて綺麗と誉めてその手を握った時?異性を異性だと感じて色々観察したりし始めた時?もしかして初めて誰かと一緒に寝た時?」
「それ、は……」
言葉に詰まったかごめににっこりと微笑み、
「ね。難しいもんでしょう、こんな当たり前だと思っていたことでも。」
肩をすくめ、両の手の平を上向ける。
「そりゃあね、かごめさまの言うそれが女の手を握っただの口説いただの抱いただのだったらまあもっと昔の話ですしもちろん珊瑚じゃないですよ。珊瑚なんかまだ手ぇ握るので精一杯、せいぜいいって肩抱くぐら……」
 そこまで言って、弥勒はふと口をつぐんだ。よく考えたらこれは喋らなくても良かったのではないかと思ったのだろう。
 まあ、すでに遅かったが。
「…へぇ〜……肩ね…」
「えー…と。あのね、だから要するに、ああもうとにかく話戻しますがっ、」
いささか慌てながらも、なんとか言う。
「…多分、かごめさまの言うのはそんなんじゃないんでしょう。もっと精神的な、気持ち的なものなんでしょう。」
「うん。」
こくりと頷いたかごめに少し微笑う。
「なら、珊瑚だと言うのですよ。私は確かにここ数年――そうですね、十年近くといってもいいほどの歳月――を、一人で旅をしてました。ですがその間、正直……他人に対し一度として、信頼すら抱いた覚えがないんですよ。一度もね。……はは。情けない限りで」
 苦笑する弥勒を、かごめはなんともいえない表情で見つめていた。寂しそうといえば寂しそうで温かいといえば温かい、だけどほんの少し哀しそうな。




 「だから、ね、かごめさま……」




最初からずっとずいぶんトーンの低い小さな声で話していたが、さらに小さく、掠れそうな声音で。

「私にとっての“初恋”は、一緒にいるだけで嬉しいだとか他の誰より温かいだとか、本当の本当に一挙手一投足が気になるとか考えるだけで動悸が早まるとか、そういうのの一番初めは…」



 注ぐ視線の先には、寝息を立てて横になっている退治屋の少女。











 「多分、きっと、珊瑚なんです。」













 そう言った彼の笑顔は、多分、彼が出来る表情の中でいちばん優しいもの。


 そして、幸せなもの。





























 「……………へぇ〜え。」
たっぷりと間を置いてから、かごめはやっとそう言った。そしてぱったりとその場に寝転がる。
「え、あの、かごめさま?」
「…あてられちゃったわ。もう寝る。」
「あてられた?」
「あのね、弥勒さま。」
ころんと寝返りを打って弥勒の方を再度向き、ぴっと人差し指を立てて、
「弥勒さまと珊瑚ちゃんみたいな二人のことをね、あたし達の時代じゃ、」

 少しの間の後、


「“バカップル”って、言うんだからね!」






 ぽかんと固まってしまった弥勒は放っておいて、反対側へ寝返り直した。




























 もちろん、弥勒たちが現代で言う本当の“バカップル”たちなどとは全然違うことくらい分かっている。
 ケータイの出会い系で二、三通メールを打って、それじゃまあ性格は合格ってことでちょっとくらい続けてもいいかなぁ、なんて言って通じた仲じゃない。そんなんじゃ、全く無い。



 お互いに、痛いことを知っている人たちだ。お互いに、哀しみを知っている人たちだ。いつ終わるか分からない不安を、お互いに強く知っている人たちだ。


 お互いに、脆いからこそ生じる尊さと大切さを解っている人たちだ。










 だから、簡単に“バカップル”なんて言っちゃいけない、そんなの分かりきった事だけど。

 だけど、どうしても。









 ―――あんな幸せそうなんじゃ、ちょっと妬けちゃうじゃないの。


























 口を尖らせるのは、心の中だけにしてあげた。




 いいもん、あたしだって犬夜叉のこと大好きなんだから。弥勒さまに負けないくらい、あったかい気持ち、知ってるんだから。



























 そのまま少女が寝息を立て始めるのを見届けた後でやっと、弥勒はふっと息をついた。
 結局、少女がどうして急にすねたようにそっぽを向いて寝てしまったのかはよく分からなかったが、とりあえず寝ようと思い瞼を下ろす。

 そして、何故か簡単にまどろみは訪れ、そのまま意識は放れた。













 放れる寸前一瞬見えたもの、見た、もの。
 それは確か、そう、薄れゆく意識が定かだったならそれは確かに、













 誰よりあたたかい、大好きな、あのひとの笑顔。


































 いつしか真っ暗な空から雨が降り出した。
 真っ白い水煙を立ててそれは絶え間なく降り注いで、門の屋根から離れていた焚き火を、しゅうっという空気の抜けるような間抜けた音と共に消す。
 静かな雨音は涼しく優しく、そして日が昇る頃には止んだ。








 朝露が緑を煌めかせ、そして一日は始まる。





















                                  ---------------------End.
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 わりと好きな弥勒&かごめ小説第二弾(多分)。この二人は、他二人よりちょっと大人で割とぶっちゃけて色々語ってくれるから楽しいんだと思います。大体はかごめが少し落ち込んじゃって、犬夜叉は鈍くて役に立たない(ぇ)ので弥勒に愚痴ってみて、弥勒はちゃんと考えて答えてあげる・という感じで。たまにかごめが珊瑚のために・と奮闘して何やらかいたずら仕掛けたりするのも面白くて好きですが(笑) どっちにせよ弥勒は良い相談相手のお兄さん・って感じですね。押しの強いかごめにちょっと困ることもありながら、結局いつもハイハイと微笑って付き合ってあげるんです。ブラックジャックとピノコみたいな。…例えちゃいけなかったかなこの二人は?(汗)

 あ、断っときますが私決して弥かご好きではありませんので。なんやかやでうちの弥勒は珊瑚バカですから(何) 珊瑚が一番です。何より一番です。珊瑚が幸せそうならぶっちゃけかごめなんか犬夜叉テメェが自分でどうにかしろよ・ってな感じだと思います(ぉぃ